水生植物コウホネ属における種間交雑:コウホネとネムロコウホネの場合

志賀 隆*(神戸大学自然科学研究科)・井鷺裕司(広島大学総合科学部)・角野康郎(神戸大学理学部)

スイレン科コウホネ属NupharNymphaeaceae)は多年生の水生植物であるが,形態的な可塑性が大きいことから分類群の認識が混乱し,分類学的再検討が必要とされている属のひとつである.これまでの研究から種間雑種の形成が分類群の境界を不明瞭にしている原因のひとつであると考えられ,日本では西日本の広い範囲においてヒメコウホネ(狭義)N. subintegerrima (Casp.) Makino,オグラコウホネN. oguraensis MikiとコウホネN. japonica DC.3種間の種間交雑が生じた可能性が明らかになってきた.

  北海道にはコウホネ,ネムロコウホネN. pumila (Timm.) DC.2種が生育しており本州同様に雑種化が生じている可能性がある.本研究ではコウホネ属における交雑イベントの特徴を明らかにするために北海道におけるコウホネ属植物の形態および遺伝的な関係を調査した.

  サンプルは北海道全域の23集団より採集し,形態形質,酵素多型分析と花粉稔性の調査を行った.まず形態形質に基づくクラスター解析により,大きく3つのグループを得た.そのうち2つのクラスターは複数の形質で特徴付けられ,それぞれがコウホネとネムロコウホネの従来の記載と一致した.残りのクラスターは特徴的な形質を持たず,中間形を示した.アロザイム分析により得られた種マーカーは一遺伝子座のみであったが,ヘテロ遺伝子型を持つ個体は中間的な形態形質を示した.花粉稔性はグループ間に有意な差があり,中間形は個体間に大きな変異がみられたがコウホネやネムロコウホネに比べて低い値を示した.地理的分布については中間的形態を示す個体や種マーカーをヘテロ接合状態で持つ個体はコウホネ,ネムロコウホネの分布が重なる道東にのみ分布していた.以上の結果より,北海道においてコウホネとネムロコウホネの種間交雑が生じていると結論した.

  北海道の種間交雑のパターンを本州以西のものと比較すると,本州以西の推定雑種と同様に中間的な形質状態を示しても,種マーカーをホモの遺伝子型で持つ個体や花粉稔性が高い個体も観察され,戻し交雑や稔性回復が生じている可能性が明らかになった.しかし,推定雑種集団の割合は本州以西の場合は55集団中29集団であったのに対し,北海道では23集団中4集団と少なく,交雑イベント,定着ともに稀である可能性が示唆された.

  現在,葉緑体DNAと核DNAの多型を用いて解析を行っており,交雑帯における遺伝子移入の方向性とその特徴についても議論する予定である.

 

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