日本産コウホネ属の浸透性交雑とヒメコウホネ(狭義)の現状 (要旨)

志賀 隆
*(神戸大学自然科学研究科)・井鷺裕司(広島大学総合科学部)・角野康郎(神戸大学理学部)

 スイレン科コウホネ属NupharNymphaeaceae)は北半球の主に温帯の淡水域に生育する抽水〜浮葉性の多年生水生植物である.コウホネ属は形態的な可塑性が大きいことから,分類群の認識が混乱し,分類学的再検討が必要とされている属のひとつである.日本にはコウホネ属が24種生育しているが,その中でもヒメコウホネNuphar subintegerrima(Casp.) Makinoについては東海地方に生育する小型のタイプ(狭義のヒメコウホネ)と西日本に生育する中型のタイプの2型の存在が指摘されてきた.発表者らは,外部形態に基づく調査からこの西日本に産するヒメコウホネは,狭義のヒメコウホネとは異なる分類群であり,ヒメコウホネ(狭義),オグラコウホネN. oguraensis MikiとコウホネN. japonica DC.3種間の中間形を示すこと,酵素多型分析から西日本型のヒメコウホネ(中間形)は3種間の交雑由来である可能性があることを明らかにしてきた.

 
本研究では中間形を含めた日本産コウホネ属植物について葉緑体DNA9つのイントロンもしくは遺伝子間領域の塩基配列を決定した上で系統樹を作成し,雑種仮説の検討を行った.またコウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネ間の交雑に方向性があるか否かを明らかにするために,全国82集団について葉緑体DNAtrnLイントロン部分の配列よりハプロタイプを決定し,交雑帯における遺伝子移入の方向を推定した.これに加えて,交配実験,花粉稔性の調査を行った.

 系統解析の結果,コウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネに対応する3つの系統内に中間形が散在することから,中間形は交雑由来であることが明らかになった.また,西日本に分布するコウホネ属植物の葉緑体ハプロタイプは,外部形態に関係なくヒメコウホネ型が大多数をしめていた.推定された交雑帯でのハプロタイプの頻度をまとめると,ヒメコウホネからコウホネとオグラコウホネに対して遺伝子浸透が生じており,オグラコウホネから他種への遺伝子浸透はほとんど生じていないことが明らかになった.

 交配実験により得られた種子の発芽率は,オグラコウホネが種子親になった場合は,花粉親になった場合に比べると発芽率が低いことが明らかになり,オグラコウホネと他種との交雑の方向性を支持する結果が得られた.


 以上の結果に基づき,日本産コウホネ属の分類学的取り扱いについて検討するとともに明らかになった狭義のヒメコウホネが絶滅寸前の状態にある実態についても報告する.

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