ヒメコウホネおよび近縁種の分類学的再検討

志賀 隆*(神戸大学自然科学研究科)・角野康郎(神戸大学遺伝子実験センター)
Takashi Shiga, Yasuro Kadono

 ヒメコウホネNuphar subintegerrima (Casp.) Makinoは本州,四国,九州の湖沼,ため池,河川などに産する抽水〜浮葉性の多年生水生植物であるが,東海地方に生育する狭義のヒメコウホネ(原記載に該当)と,西日本に生育するやや大型のヒメコウホネの2型の存在が指摘されている.この西日本に産するヒメコウホネの広い形態変異の幅については,小型のコウホネ属植物と大型のコウホネ属植物との交雑の結果と考えることもできることから,本研究ではヒメコウホネと大型の近縁種であるコウホネN. japonica DC.,そして分布域が両種と重なる小型の近縁種であるオグラコウホネN. pumila subsp. oguraensis (Miki) Padgettも加えてコウホネ複合体として扱い,ヒメコウホネおよびその近縁種の分類学的再検討を行った.

 コウホネ複合体について形態形質の変異と酵素多型について解析を行い,形態形質をもとにしたクラスター分析により大きく5つのクラスターを得た.そのうち3つのクラスターは複数の形質で特徴付けられ,それぞれがコウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネの従来の記載とある程度合致していた.それ以外の2つのクラスターは特徴的な形質を持たず,中間形を示した.

 酵素多型解析は6酵素(LAP,MDH,PGI,PGM,PMI,TPI),11遺伝子座を調査した.コウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネの形態を示す集団の多座遺伝子型をもとに計算した共有対立遺伝子距離から得られた樹形図は,形態形質によるクラスターと対応関係を示した.また,lap-1bpmi-2atpi-3aはヒメコウホネ,mdh-3aはオグラコウホネに特異的な対立遺伝子であり,種マーカーとして得ることができた.

 中間形を示したクラスターはオグラコウホネやヒメコウホネの種マーカーを保有し,それぞれクラスターに特異的な対立遺伝子を持たないことから交雑由来集団のまとまりである可能性が示唆された.オグラコウホネの種マーカーであるmdh-3aは広島県,徳島県,宮崎県において様々な遺伝子頻度を示す集団が見られ,mdh-3の遺伝子型ごとに形態を比較すると,どの地域においてもヘテロ接合を示す個体を含む集団はaa,bbのホモ接合で固定している集団の中間形を示し,形態的中間形の一部がオグラコウホネと種マーカーを持たない集団との雑種由来である可能性を支持した.

 以上の結果に基づき,ヒメコウホネとその近縁種の分類学的取り扱いについて検討する.

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