コウホネの花の話

志賀 隆(大阪市立自然史博物館)

 昨年の会報では、根茎のお話をしました。今回はシモツケコウホネの花のお話です(図1)。


図1:横から見たシモツケコウホネの花.一番外側は萼.一般的には5枚だが,日光市のものは4枚のものもある.雄しべは葯が開くときに外側に折れ曲がる.

 シモツケコウホネはスイレン科のコウホネ属に含まれます。コウホネ属の花は基本的には全て同じつくりをしていて、一番外側の5枚の花びらのように見えるものは形態学的には「萼(がく)」にあたります。5枚の萼の内側にある雄しべに似たものが花びら、「花弁(かべん)」になります。この花弁は10-15枚ついていて、その外側には蜜腺があり、昆虫に訪れてもらうために、報酬として蜜を出します(図2)。開き始めの花をみると花弁の外側に水滴(蜜)がついていることを観察することができるでしょう。そして、その内側には雄しべが沢山あります。雄しべの先には花粉が詰まった赤い色をした「葯(やく)」がついています(図3)。そして一番内側には雌しべがあります。雌しべの花粉がつく場所を「柱頭(ちゅうとう)」と呼びますが、コウホネの仲間ではこの柱頭が複数くっついて「柱頭盤(ちゅうとうばん)」というディスク状になります。星型に見えている1本1本が柱頭です。ここに花粉がつくことで、タネができるわけです(図4)。


図2:花びらの蜜腺.花びらの裏についている水滴が蜜.写真はヒメコウホネ.


図3:シモツケコウホネの雄しべ.雄しべの先には2-3mm程度の花粉が入っている赤い葯(やく)がついている.葯が開いたものでは中の黄色い花粉が見えている.


図4:シモツケコウホネの柱頭盤.

 同じ花の花粉が柱頭につくことを「自家受粉(じかじゅふん)」と呼びます。一般的には、遺伝的に異なる個体と遺伝子をやりとりする方が色々とメリットがあるので、植物ごとに自家受粉を避けて、他の個体の花粉を得るための工夫がみられます。コウホネの仲間も自家受粉を避ける工夫をしていて、雌しべの柱頭盤が花粉を受付けることができる時期と、雄しべの葯が開き、花粉が昆虫によって運ばれる時期が、同じ花の中では、ずれています。開花後1日目は柱頭はみずみずしい黄色で、雄しべの葯は開いていません。2-3日目位から、外側の雄しべが反り返り、赤い葯が開いて中から黄色い花粉が顔を出します。それ以降、数日に渡って雄しべが順々に反り返って葯が開いていきます(図5)。3、4日目位には柱頭盤は受容時期を過ぎ、だんだん柱頭の色もくすみ、花粉がついても結実には至りません。2009年7月に、咲き始めた10本の花がどのくらい長く咲いているか調べてみると、3〜5日間(平均3.6日)咲いていることがわかりました。このように雌の時期が雄の時期よりも早いものを「雌性先熟(しせいせんじゅく)」と言います。コウホネの仲間では雌雄の時期をずらす事によって、同じ花の中での花粉のやり取りを避けて、他の花からの花粉を待っているのです。


図5:シモツケコウホネの花の変化.左から開花1日目,2日目,3日目,4日目以降と思われる花.花はそれぞれ別株.2日目は午後2時撮影.それ以外は午前8時撮影.

 しかし、昨年の記事にも書いたとおり、コウホネの仲間は「根茎(こんけい)」を地下に這わせて、枝分かれして増えていきます。そのため、同じ個体の違う花とばかり、花粉のやり取りをすることになってしまう場合があります。もしかしたら、シモツケコウホネの一つの集団が実は遺伝的には一個体で、同じ個体同士で花粉のやり取りをしているだけかも・・・。実際はどうなのでしょうか?そこで昨年から、京都大学農学部の井鷺研究室と共同で、シモツケコウホネは遺伝的にはどの程度の個体数が残っているのかを遺伝子解析を行うことによって調べています。詳細はここでは省きますが、日光市では20個体以上、那須烏山市では10個体以上、真岡市では3個体以上存在することが明らかになりました。どうやら、全部1クローンというわけではなく、ちゃんと他の個体の花と花粉をやりとりすることが出来ているようです。

 これまでのシモツケコウホネに関する研究結果の紹介とシモツケコウホネの保全活動を考えるシンポジウムを9月23日(木・祝)に予定しています(会場:栃木県立博物館)。このシンポジウムでシモツケコウホネの現状とこれからについて皆さんと議論できればと思っています。皆さんのご参加をお待ちしております。

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