コウホネの根のような茎の話し

志賀 隆(大阪市立自然史博物館)

 寒い冬も終りを告げ、もう春ですね。シモツケコウホネや他の水草も冬の眠りからさめ、新葉を展葉しはじめる頃です。
 私は学生の頃からコウホネの仲間の研究をしています。その中で運良く、シモツケコウホネを記載するチャンスにも恵まれ、現在も栃木県に調査に通い続けています。まだまだわからないことばかりなのですが、これまでの研究の中からわかった面白いこと、図鑑に載っていないような豆知識など紹介したいと思います。
今回のお話はコウホネの茎についてです。コウホネの仲間の茎は、地下を這い回り、根茎(こんけい)とか地下茎(ちかけい)と呼ばれます(図1)。この根茎は根とよく間違われますが、実際の根はこの根茎から出ているヒゲのように見えるものです。根茎は、光合成によって作られた養分の貯蔵器官としての役割も果たしています。


図1:シモツケコウホネ.成長点は根茎の先端にあり、葉や花は長い根茎の先に束生する.

 このコウホネの根茎について、もう少し詳しく見てみましょう。コウホネを掘り上げると、根茎の先端に葉や花が密生して付き、それ以外は白い根茎が伸びています(図1)。白い色をした根茎の表面を見てみると、根がついている以外にも、なにやら唇型や丸型の模様がついているのに気づきます(図2)。何か虫が食べた痕でしょうか?いえいえ、実は、この模様は葉や花が付いていた痕なのです(これ以降、葉柄のついていた跡は葉柄痕、花柄のついていた痕は花柄痕と書きます)。葉や花を根茎から外してみると、葉柄の付け根は唇の形、花柄の付け根は丸型をしているのが分ります。葉柄痕や花柄痕をもっとよって見てみると、栄養や水を運ぶ維管束と呼ばれる管がついていた痕も残っています。こういった葉柄痕や花柄痕があることからも、コウホネの「白い細長い物体」が根ではなく、茎であることが分ります。


図2:シモツケコウホネの根茎.唇型のものが葉柄痕、丸型が花柄痕(白丸で囲んだ部分).

 今度は、根茎を少し遠めから眺めてみましょう。小さい葉柄痕が集まっている部分、まばらに大きい葉柄痕が分布している部分がなんとなくあるように見えます(図1)。コウホネの葉や花は根茎の先端にしか付きません。新しい葉を出しながら、前に根茎を伸長させていきますから、これは葉や花の付き方に何らかの規則性があったということを示しています。これに関して、小代のシモツケコウホネの根茎を実際に掘り取ってデータを取ってみました(図3)。グラフの横軸は葉柄痕の位置、縦軸は葉柄痕のサイズを表しています。すると、やはり根茎に残された葉柄痕のサイズには周期性があることが分りました。ちなみに、葉の大きさと葉柄痕のサイズには関係があって、小さい葉は小さい葉柄痕を、大きい葉は大きい葉柄痕を残すこともわかっています。コウホネは春先と冬は小さい葉をつけ、夏から秋にかけて大きい葉をつけます。「葉柄痕のサイズに周期性がある」「葉柄痕のサイズは葉の大きさを表している」ということを合わせて考えると、この周期は一年の成長を表しているといえます。

図3:葉柄痕の位置とサイズの関係.白矢印(△)は花柄痕の位置、黒矢印(▲)は分枝している場所を示す.点線は推定された成長周期.

 この葉柄痕のサイズ周期を、小代のシモツケコウホネについて調べてみると、平均して毎年5.3cm(0.6〜12.4cm)程度成長していることが推定されました。新潟県の河川で調べられたコウホネの結果では毎年の伸長量は平均14.2cm(5.2〜28.5cm)ですから(阿部・山本,1988)、2種のサイズの違いからみても、この結果は私としても「まぁ、それくらいだろう」と納得のいくものでした。皆さんは少ないと思われるでしょうか?それとも結構成長しているなぁ、と思われますか?コウホネの根のような茎には、その株がどのようなくらしをしてきたのか、その履歴がしっかりと刻み込まれているのです。
 今回はここまでです。また次回でお会いしましょう。

【参考文献】
阿部浩美・山内晴美, 1988. コウホネ(Nuphar japonicum)の生態学的研究. 新潟大学教育学部卒業論文, 186p.
志賀 隆,2008.絶滅危惧種シモツケコウホネ(スイレン科)の生活史−根茎成長と開花フェノロジーに注目して−.環境科学総合研究所年報 27:1-11.

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