水生植物コウホネ(スイレン科)の系統地理および形態的変異

志賀 隆*(大阪市立自然史博物館)・井鷺裕司(京都大学農学部)・角野康郎(神戸大学理学部)
Takashi Shiga, Yuji Isagi, Yasuro Kadono

 水生植物は水域に適応した特殊な植物群である.それぞれの分類群,種内の地域集団が水域ごとに隔離されて分布しており,その分布パターンの成立には地形および地史的要因の大きな影響を受けていると考えられているが,これまで生物地理学的な考察は分類群の分布パターンの類型化にとどまってきた.

 コウホネ属Nuphar Sm.(Nymphaeaceae)は北半球の主に淡水域に生育する多年生の水生植物である.その分布拡大方法は種子と根茎による水散布にほとんど限られており,水系の歴史性に強く依存した遺伝構造,集団分化が生じている可能性が考えられる.発表者らは分子マーカーを用いて,これまでほとんど明らかにされてこなかった水生植物の種分化と集団分化の地理的パターンを明らかにすることを目的に,コウホネ属の系統地理学的な研究を進めている.本発表では特に日本全国に分布するコウホネN. japonica DC.について解析した結果を報告する.

 サンプルは日本全国よりコウホネを採集し,AFLP分析(29集団),酵素多型分析(23集団452個体),葉緑体trnLイントロン領域(30集団)および形態形質(30集団306個体)の調査を行った.AFLP分析と酵素多型分析については近縁種で分布域が異なるネムロコウホネN. pumila (Timm) DC.(東北地方以北に分布)とオグラコウホネN. oguraensis Miki(西日本に分布)についても行い,コウホネとの比較を試みた.まず,AFLP分析により得られた多型をもとに作成した系統樹からコウホネでは東日本系統と西日本系統の2つの地理的な系統が識別され,trnLイントロン領域のハプロタイプの分布もこれに対応した.これらの2系統群は形態的にも異なることから異所的種分化が進んでいることが示唆された.また,コウホネの東日本系統は西日本系統と比較して集団内の遺伝的多様性や集団間の遺伝的分化の程度が低かった.ネムロコウホネとオグラコウホネの2種間においても北方種であるネムロコウホネの方が集団内の遺伝的多様性や集団間の遺伝的分化が低く,コウホネの種内系統と同様の結果が得られた.これらのことから分類群に関わらず,コウホネ属では東〜北日本集団は著しいボトルネックを経験するとともに急速に分布を拡大した可能性が明らかになった.

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