ヒメコウホネおよび近縁種の分類学的再検討(摘要)

志賀 隆(神戸大学自然科学研究科)

1.ヒメコウホネN. subintegerrima (Casp.) Makinoとその近縁種であるコウホネN. japonica DC.,オグラコウホネN. pumila DC. subsp. oguraensis (Miki) Padgettについて形態形質の解析ならびに遺伝学的解析によって分類学的再検討を行った.

2.全国62集団より採集したコウホネ属植物について27の形態形質を測定した.選定した15形質をもとにしたクラスター分析により,大きく5つのクラスターが得られた.そのうちクラスターA,C,Eは特定の形質で特徴付けられ,それぞれがコウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネの従来の記載とほぼ対応していた.残りのクラスターB,Dは特異的な固有の形質を持たず,中間形を示した.

3.全国62集団より合計1142サンプルを採集し,酵素多型分析を行った.6酵素(LAP,MDH,PGI,PGM,PMI,TPI),12遺伝子座において活性が得られ,多型がみられた11遺伝子座より多座遺伝子型を決定した.コウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネの形態を示す31多座遺伝子型をもとに計算した共有対立遺伝子距離から得られた樹形図は,形態形質の分析より得られたクラスターグループと対応した.また,オグラコウホネ,ヒメコウホネでは特異的な対立遺伝子を保有していることから,コウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネは独立した分類群であると結論した.

4.中間形を示したクラスターB,Dはオグラコウホネやヒメコウホネの種特異的マーカーを持ち,それぞれのクラスター内に共通してみられるクラスター特異的な対立遺伝子が存在しないことから交雑由来集団のまとまりである可能性が示唆された.

5.オグラコウホネの種特異的マーカーであるmdh-3aは,広島県,徳島県,宮崎県で様々な遺伝子頻度を示す集団が見られた.遺伝子型ごとに形態を比較すると,ヘテロ接合を示す個体を含む集団はaa,bbのホモ接合状態で固定している集団の中間形を示し,形態的中間形(クラスターB)の一部がオグラコウホネと種特異的マーカーを持たない集団との雑種由来である可能性を支持した.また種特異的マーカーの地理的分布から,交雑帯は東海,近畿以西の西日本に広がっていることが示された.

6.推定雑種集団は集団内,集団間ともに遺伝的多様性が高く,日本産コウホネ属において交雑によってヘテロ接合過剰状態になり,交雑を繰り返すことによって新しい多座遺伝子型が生じてきていると考えられた.

7.交配実験の結果,各分類群間の組合せにおいて結果,結実が認められ,推定雑種集団も含め分類群間に少なくとも雑種第1代作出に関しては遺伝的隔離機構は存在しないことが明らかになった.

8.従来の分類形質の評価をおこなったところ,オグラコウホネは葉柄断面が中空であること,ヒメコウホネは円心形の葉形を示すことが有効な分類形質であることが明らかになった.コウホネと中間形を示す集団を明確に識別する形質は見つからなかった.

9.以上の結果から本州,四国,九州にかけてコウホネ,オグラコウホネ,ヒメコウホネを親種とした交雑が広範囲に起こっており,雑種集団も完全に稔性を失わず,引き続いて交雑を繰り返すことによって日本産コウホネ属の形態的変異を連続的なものにしてきたと結論づけた.

10.確認された形態学的,遺伝学的に中間形を示す個体の分類学的取り扱いについては純粋なコウホネとオグラコウホネの雑種にはサイジョウコウホネを当てることが妥当であるが,ヒメコウホネを推定親種に含む推定雑種については,さらに今後の検討が必要である.

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